本好きフクロウの速達便|ただ児童書を紹介したいだけのブログ

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読書感想文に関する私見

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最近、読書感想文の意義について、Twitterなどで議論が白熱していたので、所感を書いてみます。(書き終わるまでに時間がかかってしまいましたが……)

 

 

読書感想文とは?

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まず、読書感想文の辞書的な定義は、次のようになっています。

本を読み、その内容について感じたことを述べる文章。読後感想文。

 ──デジタル大辞泉

さて、別の辞典では下のように示されています。

読書指導の中の読後指導の一つで,読後の感想を文章で表現させたもの.読後感を書くことにより,自分の考えを確かめさせることを主な目的としている.書評の一種ともいえる.1955(昭和30)年から毎年行われている全国学図書館協議会毎日新聞社による「青少年読書感想文全国コンクール」など,各種の読書コンクールが開催されてきた.読書感想文を強要すると読書嫌いを増やすという批判がかねてから強いが,読書感想文を用いた読書指導が成果をあげてきたことも事実である.

 ──図書館情報学用語辞典

図書館情報学辞典にもあるように、読書感想文を書かせることが読書嫌いを誘発する、という批判は根強く、先日のTwitterでも読書感想文不要論が目立っていました。

 

しかし、私は、読書感想文により読書嫌いになる、という主張には反対です。

 

私自身の読書感想文の捉え方

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結論から言うと、読書感想文とは読破後の余韻を文字にしたものだと思います。

 

本を読み終わったとき、特にその本が素晴らしい作品であったならば、本を閉じたあと、裏表紙をじっと見つめてストーリーを噛み締めたり、登場人物一覧を眺めなごら「この後どうなっていくのだろう?」と思いを馳せたり、あらすじを読み直して「自分ならどうしただろう?」と想像したりすることがあるでしょう。

 

私は、読書感想文とは、その読み終えた心の中を、苦心しつつ文字にしていくものだと考えています。

 

その過程で、感動や悲しみ、愛などが混ざりあってもやもやした心境を、少しずつ原稿用紙に書き出していくことになります。やはり、「どのように表現すれば良いのだろう」と悩むこともあるでしょう。

 

しかし、その苦しみの中で、しっくりくる表現を見出したときの嬉しさ・楽しさ・気持ちよさが、子どもたちの文章力や表現力を引き上げてくれるのではないでしょうか。

 

だから、ただ、子どもたちの心がそのまま文章に映し出されていれば、その中身は、「主人公が〇〇をした場面に感動した」でもいいし、ただ「退屈だった」でもいい、「この一文が好きだ」という感想文でもいいのです。

 

読書感想文とは、読了後の余韻なのですから。

 

けれども、世の中の先生方は読書感想文を書く指導をされる際、

◯◯という理由・きっかけでこの本と出会い、主人公が□□をする場面を読んで感動し、××だと思った。この本は◆◆ということを伝えたかったのだと思う。自分なら□□はできないので、これからは主人公を見習って△△できるように頑張っていきたい。

というような形式で書くように、と仰るでしょう。私が通っていた小学校の先生も、このように教えてくださったことを覚えています。仮に、こうした感想文を「優等生的作文」とでも読んでおきましょう。

 

もし直接口には出さなかったとしても、授業で使用される模範的な例は、こうした形式に則ったものかもしれません。その場合も、言外で「優等生的作文」を奨励していることになります。

 

私は、「優等生的作文」を書かせようとする指導が読書感想文を嫌いになる原因であり、またそれが読書嫌い・活字アレルギーを生んでしまっているのではないかと思います。

 

決して、読書感想文自体が、本と子どもたちを遠ざけてしまうわけではないのです。

 

なぜ、先生方は「優等生的作文」を書かせるのか?

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では、なぜ、授業で子どもたちは「優等生的作文」を書くように教わるのでしょうか?

 

そこには、先生方のある潜在意識が関わっていると思います。その意識とは、「読書は学びである」です。

 

確かに、大人向けの本、特に自己啓発書や「学び直し数学」のような本は、学びの要素が強いのは否めません。また、教師になるぐらいですから、向学心・向上心が強く、こうした本をたくさん読んでいる人もいることでしょう。

 

しかし、そうした本と子ども向けの本とを同じ次元で考えてはいけません。なぜなら、子ども向けの本はまず第一に子どもたちを楽しませるために書かれた作品がほとんどだからです。

 

もちろん、たいていの児童文学は、何らかのメッセージを込めて創作されていますし、私の児童書フリーペーパー「本好きフクロウの速達便」でもそうしたメッセージまで伝わるように紹介することも多いです。こうしたメッセージは、もちろん子どもたちが本から学ぶものです。

 

けれども、そのメッセージは、必ず受け取らなければいけないものではありません。

 

ですから、必ずしも、読書は学びには繋がらないのです。

 

読書感想文に本のメッセージは無くても良い!

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本を読んでいるとき、感想文を書いているとき、寝る前にベッドの中で、数年後に読み直したとき……。もちろん、読んでいるその時や感想文を書いているその時にメッセージに気づいたなら、感想文にそのメッセージを書いてみるのも良いと思います。

 

しかし、感想文には、あくまでも読んだ後の余韻を書けばそれでいいのです。

 

気づいたメッセージが心に響いたなら、それが余韻としていつまでも胸に刻まれるでしょうから、それを感想文にしたためてみましょう。

 

メッセージに気づかなければ、心に残ったシーンやかっこよかったセリフを書き記せばそれで良いのです。例えば、大きくなって同じ本を読んだ後、その感想文を読み直せば、自分自身の成長を感じられるでしょう。

 

読み終えた直後に体が浸っている余韻を書いてください! それがどんな余韻であっても、立派な読書感想文になると思います。

 

「読書感想文」は継続されるべきなのか

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冒頭でも少し触れたように、「読書感想文があるから読書嫌いになる」という考え方には私は反対です。

 

というのも、先に述べているように、「優等生的作文」を書かせる指導が読書嫌いを助長する、と考えているからです。

 

無論、先生方が学校として「読書感想文」の課題を出す際、「コンクールで良い成績を!」と願うのも当然のことですし、実際にコンクールの入賞作品にも「優等生的作文」は散見されます。

 

そのため、読書感想文の書き方を指導するときにも、「優等生的作文」を紹介してしまうかもしれませんし、もしそうだとしても先生方を責めるわけにもいきません。

 

なぜなら、多くの児童は普段作文など書きませんから、ある程度、テンプレートを用意してあげる必要があるからです。そうすると、テンプレートとして最も教えやすく、また多く本に適用できる「優等生的作文」を教えることになってしまうのも不思議ではないのです。

 

では、もし仮に、読書感想文コンクールが廃止され、読書感想文の宿題もなくなったとしましょう。

 

Twitterで提案されていた代替案には

  • 本のPOPを書く
  • 本の帯を書く
  • 作者に送る手紙として書く

などがあげられていました。どれも、一理ある代替案に見えます。しかし、読書教育の観点から見ると、それぞれに欠点もあります。

 

POPや帯を書かせる案については、結局子どもたちは本を読まずに適当に終わらせてしまうのではないか、という不安が残ります。

 

というのも、本のあらすじだけであれば、近年のインターネットの発達によりググればすぐにストーリーを要約することができてしまいます。さらに、POPや帯の大きさは限られていますので、あらすじを書くだけで紙を埋めることができるかもしれません。また、先生方も評価することが難しいでしょう。なぜなら、本当に読んで書いたのか、調べた情報だけで書いたのかわからないからです。

 

これらの問題は、作者に手紙を送るという形式で書くとすれば解決できるでしょう。作者であれば、その手紙が本当に読んで書いたのかどうか判断がつきそうですから。

 

けれども、読書感想文で培われる主な能力に、「文章を要約する力」が含まれていることは確かです。作者への手紙であれば、作者はもちろん内容を知っていますから、あらすじは書けません。そうすると、要約力は育まれないでしょう。

 

とどのつまり、(読書感想文の執筆代行などを利用しなければ、)読書感想文を書かせることで、本を読んだかどうかを判別しやすく、また要約の力や表現力を評価することができるのです。

 

やはり、読書感想文は継続すべきだと言えるでしょう。現状、子どもたちに一定量の本を読んでもらい、それを確認できる方法が読書感想文しかないのですから。

 

子どもたちに読書が必要な理由

先ほど、「子どもたちに一定量の本を読んでもらい」と書きましたが、それについてはまた後日、詳しい記事を書こうと思います。

 

読書感想文に代わる新しい取り組み

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さて、私なりに読書感想文の代替案を考えてみました。

 

読書感想文が嫌だという人には、文字を書いて長い文章をつづることが苦手な人も多いでしょう。もちろん、作文能力の将来必要になってきますので、訓練していく必要はありますが、別に読書感想文で訓練しなくても良いのではないでしょうか。

 

「読書感想文を書かなければいけない」と考えると、楽しく読めたはずの本が途端につまらなく感じてしまう子どもたちも多いでしょう。そこでわざわざ、文章を書く練習をさせなくても良いと思います。

 

まずは、本を好きになってもらうことの方が大事ですからね。

 

そこで、私が提案するのはコチラ!

などの必ずしも文章を書かなくても良い取り組みです!

 

本のPOPや帯では、あらすじだけになってしまうかもしれず、また先生方にも読んだかどうかの評価を下す術がないので、読書感想文の代替案にはなり得ない、と書きました。

 

その問題は、ブックトークビブリオバトルを行うことで解消されます。なぜなら、ブックトークビブリオバトルでは、自分なりの感想や視点を交えて話さなければ、良いブックトークビブリオバトルのスピーチをすることはできないからです。

 

また、作者への手紙にはあらすじを書けない、という問題ももちろん解決できます。ブックトークビブリオバトルには、無論、あらすじやタイトルといった情報が欠かせません

 

つまり、ブックトークビブリオバトルをすることで、読書感想文で養われるあらすじの要約力や、自分自身の想いを表現する力を代わりに養うことができるのです。また、間の取り方など、スピーチの技術の向上も見込めます。

 

さらに、スピーチの際にジェスチャーなどを織り交ぜることができる子もいるでしょう。日本ではあまり一般的ではないかもしれませんが、英語などでのスピーチを成功させるためには身振り手振りが必要となります。そうした言葉だけに頼らずに聞き手に訴える力も培われるかもしれません。

 

ブックトークビブリオバトルなどの取り組みは、十分に読書感想文に取って代わる可能性を秘めているのではないでしょうか?

 

ただ、ブックトークビブリオバトルにも短所があります。

 

それは、授業時間を圧迫してしまうことです。1人3分ずつ話したとしても、40人学級であれば、読みたいと思ったかどうかのアンケートをとったりするだけで優にトータル5時間以上はかかってしまうでしょう。

 

先生方の貴重な授業時間を圧迫させてしまうことだけが、気がかりですね。

 

しかし、実はこの他にもブックトークビブリオバトルには別のメリットがあります。それは、これまでよりも、生徒が主体となったコンクールを開催できるのではないかということです。読書感想文は、書いたらそれを先生に提出して終わりでしたが、ブックトークビブリオバトルでは、実際に聞き手に向けて本を紹介することができ、より参加型のコンクールとなるのではないでしょうか。

 

 

まとめ

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本を読んで感じたことを表現する読書感想文ですが、私は「読後の余韻を文字にしたもの」だととらえています。子どもたちが自らの心の中の想いを試行錯誤しつつ文章にしているのならば、そこで書き記されるものは、本から読み取ったメッセージでも良いし、好きな一場面でも良い、お気に入りのセリフでも良いのです。

 

けれども、実際の学校での指導においては、

◯◯という理由・きっかけでこの本と出会い、主人公が□□をする場面を読んで感動し、××だと思った。この本は◆◆ということを伝えたかったのだと思う。自分なら□□はできないので、これからは主人公を見習って△△できるように頑張っていきたい。

 というような「優等生的作文」が模範とされ、それに従わなければいけないことが、読書嫌いを生んでしまっていることも事実です。しかしながら、現状では読書感想文が、子どもたちが本を読んだことを確認し、要約力や表現力、文章力を向上させるための唯一の手段とされています。

 

そこで、読書感想文に取って代わるものとして、ブックトークビブリオバトルを提案してみました。

 

読書感想文を通じて培われる要約力や表現力などが身につくだけでなく、作文では身に付けることのできない話術も同時に身につけることができると考えたのです。さらには、従来の「出して終わり」だった読書感想文コンクールとは違い、ブックトークビブリオバトルのコンクールでは、より生徒の主体性が尊重されたコンクールになるでしょう。もちろん、作文とは異なり、通常の授業時間を無理に削り、この活動のために充てなければならないという課題はあります。

 

しかし、読書感想文の代わりにブックトークビブリオバトルの活動に取り組むことは、一考の価値があるのではないでしょうか。

 

いずれにせよ、読書感想文とそれに関わる指導には、まだまだ改善の余地がありそうです。読書感想文やそれに代わる取り組みが、子どもたちと本とをつなぐ架け橋になってくれるよう、願ってやみません。